文芸館

外国人への日本語教師を長く勤める中で、彼女は彼らの使う日本語の誤用などに関心を持ち始め、 関西学院大学大学院・言語コミュニケーション文化研究科へ社会人入学。そこで更に「日本語」への傾斜が深まったようです。併せて「小説」への興味も高まり、大阪の作家養成学校「心斎橋大学」の門を叩いて創作への学習が始まりました。ここでは、彼女が発表した作品を取り上げます。稚拙で 小説モドキな作品群ですが、多くは彼女の実体験がベースにあり、私には想い出深いものです。

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  • 小説
メール
主人公は47歳で社会人入学した大学院で教えを受けた教授と、修士終了後も紀要への論文投稿や自らの近況報告でメールベースでの交流を保つ。研究領域での懇切な指導に心熱くする前半から中盤以降は発症した肺がんとの闘病・つきあい方にスコープが移る。見え隠れする不安や揺れる気持ちを、恩師からのメッセージや贈られた詩に癒され、支えとするも、発症から5年後に主人公の夫から妻の訃報メールが届く。
この作品は、美和が病没するちょうど一か月前の2月2日に脱稿した絶筆というべき小説だ。ほぼ事実に準拠した恩師と美和とのメールを素材にした往復書簡集である。
作品では、主人公は5月に他界し、夫からの訃報が6月20日に着信するが、現実は3月2日に没し、訃報は4月12日に恩師へ発信された。<2015年2月2日>
格安片道クルーズ
高齢夫婦対象の安楽死クルージング片道ツアー。応募した5組の夫婦に焦点を当て、長い結婚生活で見えてきた綻び・不信と、船内で時間・空間を共有するメンバーとの人的交差が織りなす心理模様や変化を丁寧に描く。さて最終目的地での彼らの決断は?クルージングは2012年の北欧旅行で乗船した北海クルーズにヒントを得たものだろう。そこでも何組かの中高年夫婦との触れ合いがあった。こちらも片道クルーズだったが円満下船。<2015年1月14日>
オオスカシバ
オオスカシバの幼虫を見つけた我が子に目を細めるシーンから始まり、数年後に子供がまた幼虫に気づく場面で読者も予期せぬ結末を迎える。捻りのきいたプロットである。美大めざす女高生と指導講師の絵画をめぐる対話や舞台は、美和が師事した洋画教室とそこで得た経験や知見がベースとなっているようで興味深い。オオスカシバは、娘から孫まで親しんだウチの庭のクチナシの名物昆虫。<2014年12月3日>
魅せられて
漫画家オニグンソウをモデルにした創作。幼い頃からの画才の萌芽から漫画家までの道程の数々のエピソードに膝を打ち、苦笑し、今更ながら反省してしまう場面も多々だ。主人公が対峙した頑固でコンサバな親爺を鼻息荒く諫める母や姉の親子論はまさに正論。美和はサラリーマンとは異なる世界に飛び込んだ彼の生き方に大いに関心と期待を抱いたのだろう。人生の伴侶を得てのエンディングに、母としての美和の願望が滲む。オニグンソウには、初心通り、思春期の葛藤描くほんわか青春ものに新境地を開いて貰いたいな。<2014年7月30日>
ぼくたちにできること
子供たちは、人間の勝手で翻弄されてきた動物・生き物たちの心の声を洞窟の中で聞く。みんな、自然のままに、生まれたままに「生」を謳歌したいのに人間がその自由を奪い取る現実。「人間観察アパート」と同様の視点を見る。その声を耳にした子供たちに、美和は生物共存への自然回帰の未来を託す。種としての人間、そして周りの生物界との関りは本来どうあるべきなのか?美和の関心は尽きない。<2014年6月6日>
人間観察アパート
生物界で絶滅危惧種になってしまった人類。保護されている施設を動物たちが見学しながら人類衰退の謎を学び、そうなるまいと「本能にしたがって、健全に生き、種を残そう」と誓うアイロニー溢れる小説。引き合いに出る「今様」への痛烈な批判は、美和のエッセー「父親の役割 母親の役割」での憤りと同源であり、自然で健康的な生物原理への回帰を問う。<2014年6月5日>
力、潔、そして順子
救われない気持ちになるシリアスな小説。「生まれ育った環境が人の生き方を縛ってしまう事実」の中でダークサイドから逃れらない男女と、何とか教職に人生の活路とパートナーを見出す男の、幼馴染三人の生き様を描く。美和が見るひとつの現実世界なのか。先生はしても「先生臭さ」に辟易としていた美和が綴る教職員の対立構図は読み応え十分。<2014年6月4日>
姉のちわたし、ときどき母
さて、一体どこのお宅の母娘が下地になった小噺か?言わずもがな。辛辣・毒舌・皮肉極まる飛び道具の応酬が、実に小気味良く痛快である。特に「母」の、芯を穿つ客観視力・価値感・思考回路はどのような人生経験で培われたものか。これぞ、美和の「ものの見方」そのものであり、それを敢えてユーモア短編として取り上げた豪胆さに感服。<2014年6月3日>
共に見た風
お互い初恋の相手だった二人が、紆余曲折を経て和歌山・白浜の地で再び愛を育み始める青春小説。男女の熱い恋というより男女の友情が通奏低音 として響いてくる。心を病み医学部を挫折した主人公は、美和が高校時代憧れていた硝子のような純粋さと毀れ易さをもった同級生がモデルか?さすればパートナーとなる女性は美和となる。<2014年4月4日>
公園で・・・
公園で見つかった女子高校生の死体。そしてその公園がつなぐ様々な人々の証言が物語を進める謎解き小説である。美和は推理小説の短編集などをよく読んでいたようだが、遂に自らもその領域に足を踏み入れた本人にとっても記念碑的作品か。プロットや語り口調はプロはだしと見るのは余りに贔屓目であろうか。それにしても「毒」系が好きなんだ。<2014年3月14日>
増殖(美子の場合)
シチュエーョンやディテールこそ違え、明らかに美和の学生時代から結婚・育児・仕事そして闘病に至るプロセスをトレースした、彼女にとっては長編の小説である。ああ、そうなんだ、そんなきっかけだったんだ、こんな見方をしていたんだ、と気づくことばかり。ストーリは生物学的知見とその上での推論をベースに綴られる。確かに枕頭には、今も関連書籍が並べてある。彼女の、揺れ動く感情を自ら冷徹に眺め、現状を受け入れそして得心を図る心の強さに改めて感動する。<2014年3月12日>
増殖(ソウマの場合)
増殖(美子の場合)との連作的作品。タイ・プーケット島を訪れた学生バンド仲間の恋人同士が、前作・美子を浸潤したコウモリ由来の同じカビに冒され死に至る。学生バンドの舞台設定は次女のケースを参考にしているが、美和の没後、奇しくも次女はバンドメンバーと結婚し、プーケット島でハネムーンを楽しんだ。果たして、次女はこのストーリーをどう見るか?<2014年3月12日>
転校生
小学校六年の多感な時期に田舎の学校へ転校した少女。不安な気持ちを抱えてのスタートからたくさんの思い出を作って卒業式を迎えるまでの一年の小さいけれど心に残る出来事の数々。美和本人だけではない、娘たちとの対話の中で育まれた物語なのだろう。それにしても「女の子の世界」のなんとデリケートで面妖なものか。<2013年5月3日>
さなぎ
「紅い魚」との連作のワープロ処女作品。昆虫大好き、特に芋虫が好きな孫にインスパイアされた作品。美和と行った伊丹昆虫館のガチャガチャから出てきたアゲハ蝶の幼虫の精巧でカラフルなフィギュアに魅入っていた子供の純粋な好奇心。絵画作品の「好奇心-いもむしさん」に通じるものだ。<2013年4月25日
紅い魚 
ワープロ処女作品。養殖でもない金魚のような小さな赤い魚がたくさん泳ぐ溜め池は、一時期、実際に自宅近くにあったもの。不仲の夫や親を持つ二人の女性が池端で交錯するショートストーリだが、理不尽な現実に憤る主人公たちに対して著者が与えた結末には、著者自身が溜飲を下げたに違いない。<2013年4月25日>
持ってない男
無気力・無関心・無責任を身にまとう主人公が、偶然見つけた花の中の妖精のような女の子。その子の存在が彼に少しずつのヤル気や活力を芽生えさせる。やがて羽をもち飛び立とうとする女の子を必死にとどめようとする主人公に発せられた言葉に、彼は何を気づかされたのか?<2013年>
ストーリーとともに現れる三つの鍵が、一見幸せな家庭の夫婦の関係にちょっしたさざ波を立てていく。向上心旺盛な妻と典型的なマイホームパパの間のすれ違い。価値観の違いと切り捨ててしまってはそれまでだが、どこの夫婦にもよくあるギャップが身につまされる。主人公の妻は美和さんライクだが、著者自身は妻にも懐疑的だ。<2012年>
  • エッセイ
美和-病への思い
自身が得た病気をどのように捉え、どのように向き合っていたのか。ざわつき迫りくる不安の中でも、心を澄ませて冷静に自分と周囲を眺めながら辿り着き、得心したことを率直に記述したメモである。ここで紹介している恩師から届いた詩「病者の祈り」は、彼女の小説2編に引用され、いかに彼女のこころの持ちように大きく影響したのかうかがい知ることができる。<2014年>
【エッセイ】 父親の役割 母親の役割
歯に衣着せぬ 美和の面目躍如というべき、エッセイだ。「育メン」「草食系男子」・・・何じゃそりゃ!と鼻息荒く持論を展開する。そして、それに甘え助長させる女性にも鋭く切り込む。「人間も生物のひとつの種、まずオス・メスの本質に回帰して、子供を如何に大切に生み育てるかという原点に戻れ」。そのように息巻く美和の辛辣ながらも痛快な時流批判を全面的に支持する。<2013年3月31日>
【エッセイ】 虫たち
文芸教室の心斎橋大学に通いだして、初めて講師に提出した処女エッセイ。
元々身近な自然や生き物に興味があるところから切り出して自分の半端で偏りのある見方が視野を狭めていると自省。講師に観察眼を褒められてやる気がでたことだろう。
【エッセイ】 命
根来寺で蛍狩り。今年はまだ幼い孫と一緒。去年は夫と二人。病気の再発を告げられた直後だった。ホタルの灯す瞬きに、命の儚さを感じながら今後の不安を投影する。講師からは的確な記述と表題を評価された。
【エッセイ】 北欧ツアー
二人で楽しんだ10日間の北欧ツアー。こちらは驚嘆の大自然・絶景に圧倒されていたが、美和は同行したツアーメンバーに好奇の観察眼を向ける。へえ、そんな夫婦やメンツいたんだと今更ながら鋭い視線に感心する。反面、彼らから我々夫婦はどう映っていたのか?そちらを知りたくなった。<20120706>
【エッセイ】 離縁
娘夫婦の別居をとりあげ、母親の目線でのざわつく気持ちを正直に綴る。そして渦中にある孫の揺れる気持ちを察しながら、幼いながらもしたたかに強く対応しようとする孫へ温かなまなざしを送っている。離婚成立した今、成長してきた孫に一読してほしいエッセイだ。 <2012>
【エッセイ】 かっぺい
「かっぺい」は次女が小一の頃、通学路で拾ってきたサバ猫のオス。いかにも野良猫然とし、家の中を引っ掻き回していたが威勢がいい割に気が小さく子供たちには人気があった。晩年、死に場所を求めて決然と家を立ったのはさすが。ペットへのレクイエムか。 <2012>
  • 論文 他
美和リビング・ウィル 2011-6-20
2009年に罹病して、かなりきつい継続的な治療に一喜一憂しながら、先を見据えての彼女の覚悟をリビング・ウィルとして主治医に手渡したものである。これも彼女が遺してくれた財産のひとつ。文面は、そのままオーナーである私も有事に流用させてもらうことにしよう。
関学紀要論文 日本語学習者の作文における言葉の誤用
<2006年9月9日>
関学大学院論文 日本語学習・言葉の誤用~意味の拡張を拒むメタファ~ 
<2003年2月21日>